川辺川ダムば認めるわけにいかんとです

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タイトル
百姓の川
サブタイトル
球磨・川辺
著者・編者・訳者
中里喜昭著
発行年月日
2000年 11月 10日
定価
2,700円
ISBN
ISBN4-7948-0501-2 
判型
四六判上製
頁数
304ページ

著者・編者・訳者紹介

著者-中里喜昭(なかざと・きしょう)/1936年長崎生まれ。三菱長崎造船技術学校卒。造船所勤務の後、作家専業。小説『仮のねむり』(新日本出版社、1970年度多喜二・百合子賞受賞)、『ふたたび歌え』(1973年、筑摩書房)、『与論の末裔』(1981年、同)、ルポ『香焼島』(1977年、晩聲社)、『ボケ 明日は我が身』(1995年、主婦と生活社)、青少年向け『人間らしく働く』(1973年緑陰図書、新日本出版社)、『オヤジがライバルだった 』(1984年、ちくま少年図書館)など多数。日本文芸家協会員。文芸誌『葦牙』同人。

内 容

 現代の「百姓」−福祉事業者、川漁師、市民、中山間地農業者たちにとってのダムとは日本三大急流の一つ球磨川の支流・川辺川といえば、諫早湾閉切り、吉野川大十堰などと並び、いまや税金ムダ使いの象徴たるダム建設事業が思い浮かぶだろう。ダムの目的である治水、発電、利水は、はじめからその意味を失っている。アメリカの開墾局総裁ダニエル・ビアードは、「ダム開発の時代は終わった」と公式発言したが、九州最大級の川辺川ダム建設もまた、ニューディール政策以来半世紀に及ぶ河川破壊史の矮小な焼直し版にすぎない。いま、ダムとは何だろう。とりわけ流域の人吉・球磨地方の森と川を育み、それによって生きている現代の「百姓」−地域の老いを一手に支える福祉事業者、川漁師、市民、中山間地農業者たちにとってのダムとは。常に現場志向の著者が問い掛ける。

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