加賀120万石の中心地として、また畿内北部の一大商工業都市として栄えた町の歴史と現在を総合的に探求。訪問事業所約100件

978-4-7948-1210-0

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加賀120万石の中心地として、また畿内北部の一大商工業都市として栄えた町の歴史と現在を総合的に探求。訪問事業所約100件

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メイド・イン・タカオカ 伝統工芸と近代産業が織りなす富山県高岡市
タイトル
サブタイトル
伝統工芸と近代産業が織りなす富山県高岡市
著者・編者・訳者
関満博著
発行年月日
2022年 6月 24日
定価
8,800円
ISBN
ISBN978-4-7948-1210-0 C3060
判型
A5判上製
頁数
596ページ

著者・編者・訳者紹介

内容

 富山県高岡は、加賀藩第二の都市として1609(慶長14)年に開町するものの、1616年の幕府の「一国一城令」により高岡城が廃城となり、その後は商工業都市として歩んできた。コメ、綿糸・綿布市場と鋳物(鉄・銅)、漆器といった伝統工芸品の発達により、幕末には「北陸の大坂」といわれるほどの発展を示した。1889(明治22)年に市制・町村制が敷かれた際は、その第1次市制全国31市の1つとして高岡市が誕生している。
 大正時代に始まる日本の産業革命期には、安価な水力発電を最大の武器として重化学工業化を進め、本州の日本海側最大の近代工業都市を形成した。この期間には、特に伝統の鋳物等の工芸品に加え、アルミ産業が顕著な発展を見せた。
 その後は現代に至るまで、これら豊かな工業展開を通じて就業機会が増え、「富山が日本で一番豊か」といわれるほどになっていった。人びとは出稼ぎに出る必要がなく、副業のつもりの会社勤めが本業化し、むしろ農業が副業化していく。地元に優良な勤め先が多く、共稼ぎや女性の就業が他地域に先んじて拡がり、「富山の豊かさ」の基礎となっていく。
 だが、1990年前後のバブル経済崩壊以降、主力のアルミ建材の市場が縮小し、生活様式の変化に伴い伝統工芸品も縮小を余儀なくされ、次の「豊かさ」に向けた産業発展の契機をいまだ十分には見出せないでいる。
 本書では、このように特徴ある産業発展を示した高岡について、歴史分析的視野をベースに、個々の産業・企業および農業者の動きを追い、農工業全体の問題の構造を明らかにし、新たな発展のための道筋を展望する。人口減少、少子高齢化、既存産業の停滞に悩む全国の地方都市にとって、高岡の歩みは一つの象徴的な事例であり、今後の発展の指針を探る上で示唆の多いモデルともなるだろう。
(せき・みつひろ)

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