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  講演会のお知らせ
〈マルク・クレポン氏 来日講演会のご案内〉
2004年1月16日刊行予定
9・11以降蔓延するハンチントン流文化資本主義の陥穽と危機を鮮やかに創出
文明の衝突という欺瞞』
暴力の連鎖を断ちきる永久平和論への回路
マルク・クレポン著/白石嘉治 編訳(付論○桑田禮彰/出口雅敏/M.クレポン)
ISBN4-7948-0621-3/四六上製 予228頁/予価1995円(税込)

現今のグローバル化と呼ばれる趨勢のもと、とりわけ、いわゆる9・11以来、文化をめぐる軋轢と「衝突」が国内外でいっそう深刻な問いを投げかけています。この状況のなかでクリシェ(紋切り型)として再浮上したハンチントンの「文明の衝突」論への批判を手がかりに、クレポン氏を囲んだ充実した議論が行われることを願いつつ、ご案内申し上げる次第です。

クレポン氏 来日講演 日程
1月20日(火)
17:30〜19:00
「ニヒリスムと文化」
上智大学7号館12階第4会議室
上智大学仏文科主催(tel.03-3238-3621)
1月23日(金)
18:00〜
「文化間の誤解について」(通訳つき)
日仏会館601号会議室
日仏会館主催(日仏会館 tel.03-5421-7643)
1月24日(土)
15:00〜17:00
「帝国の記憶――『文明の衝突という欺瞞』をめぐって」(通訳つき)
早稲田大学人間科学総合研究センター(人総研)分室2F会議室
(早稲田大学正門近く「レストラン高田牧舎」2F)
早稲田大学主催
お問い合わせ・申込みは新評論編集部 tel.03-3202-7391

来日講演会チラシ(jpeg/320k) 紹介+注文用チラシ(jpeg/344k)

『文明の衝突という欺瞞』要旨

 9月11日のテロ攻撃以来、ハンチントンの「文明の衝突」論が再浮上する。それは、米国の一連の武力報復を暗黙のうちに正当化する。この状況に対して、著者は「文明の衝突」論が文化本質主義に基づく議論であることを明快に説く。また文化本質主義を前提するかぎり、われわれの世界が「恐怖と敵を作り出す文化」に蝕まれていくと警鐘を鳴らす。
 これまでも学術的なレヴェルでは、ハンチントンの議論の難点が数多く指摘されてきた。だが、クレポン氏のように、状況に介入しつつ理論的な批判を行う試みはなかった。さらにクレポン氏が日本語版のために書き下ろした付論「文化と翻訳」では、ベンヤミンの翻訳論を出発点としつつ、カントの永遠平和論への回路が探られる。それは、同じく付論に収録された桑田禮彰氏「法・歴史・政治」、出口雅敏氏「文化の力の追求」の論考とともに、今後いっそうの困難が予想される状況への確かな視座を提供するはずである。

マルク・クレポン(Marc Crepon)氏略歴
1962年生まれ。フランス国立科学研究所(CNRS)研究員。
専門領域は哲学。とりわけ言語とナショナリズムの関係に焦点をあてた著作活動を展開している。
おもな著著として『精神の地理学』(1996)、『言語の悪しき霊』(2000)、
『言葉の約束』(2001)がある。



文化をめぐる言説のインフレーションに抗して 編訳者・白石嘉治

 小泉とブッシュが首脳会談で「グレート・リーダー」「ストロング・リーダー」と呼び合う。自衛隊のイラク派遣を目前に、いわば剥き出しの愚かさが露呈している。石原についても同様である。彼は排ガスのように失言を撒き散らしながら、アニメ、カジノ、監視カメラに執着する。これらに対する追認と忍従。われわれはどこかで、批判の回路を見失ってしまったのではないか?
 クレポンの『文明の衝突という欺瞞』が指し示しているのは、こうした状況に対する批判の糸口である。九・一一以後に再浮上したハンチントンの「文明の衝突」論によるかぎり、「西洋」と「イスラム」の戦争は避けられない。米国の中東地域への愚行がこうして正当化される。それに対して、クレポンは「文明の衝突」論が前提している文化本質主義を批判する。文化本質主義とは、文化的特徴を自然の法則のように変わらないとみなす立場である。そこには、異質なものを排除する暴力、「偽装された人種主義」が潜んでいるのである。
 われわれにとって、こうしたクレポンの批判の持つ意味は貴重である。なぜなら、日本文化(ないし日本人)の独自性を強調する本質主義的な言説が、政治的な対米従属をいわば癒すために要請されているともいえるからである。だからこそ、小泉がブッシュに迎合すればするほど、人々は「文化人」石原の人種主義的な言動を欲望するのだろう。クレポンの議論は、この悪循環を断ち切る手掛かりとなるはずである。
 さらにクレポンは、カントの「永久平和論」を支持し、そのハンチントン批判を「人類の単一性」という語で結ぶ。この素朴さにたじろぐべきではない。カントの「永久平和論」と同様、クレポンの議論は見掛け以上にしたたかである。そのことは、クレポンが日本語版に寄せた論考「文化と翻訳」からも窺える。彼はそこでベンヤミンの翻訳論を援用しつつ、文化における普遍的なものを措定する可能性を語る。「人類の単一性」への信頼とは、文化をめぐる言説のインフレーションに抗して、われわれが『文明の衝突という欺瞞』を手掛かりに思考すべきもう一つのことである。
(しらいし・よしはる 上智大学兼任講師)
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